日本では長く「歯を削って銀歯を詰める」という虫歯治療がスタンダードとされてきた。しかし、実は、日本で開発されたものの、それほど普及していない治療法がある。

「小さな虫歯ですから、レジンで治療しましょう」

患者に声をかけると、歯科医はスティックから半透明のペーストを押し出した。いま最も歯に優しいと言われている、コンポジットレジン(以下レジン)である。世界的に名を知られる歯科分野のリーダー・田上順次博士(東京医科歯科大学・副学長)のグループが中心となって開発したプラスチック系の素材だ。

虫歯を除去した跡にペースト上のレジンを詰めて、特殊な光を10秒間ほど当てる。するとレジンが硬化。1本の歯であれば、約30分、1回の治療で完了する。

一方の日本でのスタンダードである銀歯治療は、歯科技工士による銀歯製作期間が必要なので、2回以上の通院が必要だ。

患者にとって最も大きな違いは、レジンなら健康な歯を削らなくて済むこと。そして自然な歯の色に近いレジンが各種あるので、銀歯のように目立たない。

レジンは日本で開発された技術でありながら、保険治療として普及が進まなかった。その理由について田上博士はこう分析する。

「レジンの保険点数は銀歯より低いうえ、歯科医師が約30分間、治療にあたる必要があります。これが銀歯だと、歯科医師は数分程度の対応で済み、あとは歯科衛生士や技工士と分業できます。歯科医にとっては、レジンは効率が悪く、採算が合わなかったのです」

虫歯一本の治療費を比較すると、銀歯(治療2回)3割負担1690円。これに対して、レジン(治療1回)3割負担710円と2倍以上の開きがある。歯模型

銀歯には、歯科技工士や材料メーカーなど、利害関係が絡んでいるため、仕組みを変えるのは難しいと見られていた。

しかし、そこに金属価格の高騰が起きた。今から20年前、銀歯用の金属価格(30グラムあたり)は約6900円だったが、今年は約2万8000円と約4倍。材料の値上がりにより銀歯では以前ほど利益が出なくなり、レジンの普及が徐々に進んできた。